千字は多いか少ないか

 『千字文』を教材として「まず千字を覚える」わけですが、この1000字というのは、「文言」を読むのに十分な数なのでしょうか?
 先に「『大漢和』は5万字」と申しましたので、1000字では、いかにも心もとなく感じられることでしょう。
 「文言」で用いられる漢字の数について、日本が世界に誇るサイノロジスト、吉川幸次郎(1904-1980)が、次のようにいっています。

康煕字典』には四万字余を記録するといい、最近の『諸橋大漢和辞典』は、四万九千余の漢字を収める。しかし四万の漢字が、漢文に全部使用されると考えるのはノイローゼである。人間の思考は無限に分裂するけれども、表現の方法には飽和点がある。実際に漢文に使われる字は、五千字内外である。たとえば『論語』の使用字数が一五一二字であるのは、少い方の例であり、杜甫の詩の使用総字数が四三九〇字であるのは、多い方の例である。(『漢文の話』、全集第2巻所収)

 『論語』の使用字数は1512字で、漢文としては少ない方であるというわけですが、それでも、これは初学者にとっては心強い話です。『千字文』の1000字とかけ離れた数ではないからです。まず『千字文』を覚えてしまい、それから新しい漢字を補足的に吸収してゆきましょう。そこからさらに5000字までの道のりは、長いものではありますが、それを今から心配する必要もありません。
 ただし、ひとつ念頭に置いてほしいことがあります。『千字文』には、基本的な字でありながら、抜け落ちているものがかなりあるのです。一桁の数を表す字もすべてはそろっておらず、「東・西・南」はあっても「北」がない、などと、『千字文』の不足につき、歴代、口さがない人々が悪口をいっています。しかしながら、揚げ足取りの彼らも、『千字文』に代わる、より優れた識字書を作れたわけではないのです。
 半可通の人に「いまさら『千字文』?」などと揶揄されることが万一あっても、迷いを捨てて取り組んでください。本当に、半可通の人ほどそういうことをいいたがるのです。私は知っています。
 次回、『千字文』の本文、25行、200字分を載せます。お楽しみに。順次、8回に分けて『千字文』の全文を載せます。