古代の字書、『爾雅』

 いつの時代に出来たものか、よく分かりませんが、『爾雅』という書物があります。「周公がその一部を作った」という説から、「漢代の儒者が作った」という説までありますが、ともかくも中国で一番古い字書であり、儒教の経典を理解するためには欠かせない参考書と見なされています。
 ただし、字書といっても、我々現代人が考える字書とは大いに体裁も性格も異なります。まず配列は、発音順でも漢字の順番でもありません。『爾雅』の構成は次の通りです。

釋詁,釋言,釋訓,釋親,釋宮,釋器,釋樂,釋天,釋地,釋丘,釋山,釋水,釋草,釋木,釋蟲,釋魚,釋鳥,釋獸,釋畜

 このうち、「釋親」以下の部分は、それぞれ「類」を分けて物事を説明しています。大げさにいえば、古代の人がどのように世界を把握し、記述したのかがこれによって分かるわけです。各篇の篇名につけられた「釋(釈)」ということばは、何かを「解釈する」という意味にほかなりません。
 草木鳥獣の名などは、現代の辞典でも挿絵や写真がないとなかなか分かりづらく、『爾雅』の説明もほぼ理解不能なのですが、何とか言い換えようとはしてあります。
 冒頭の三篇「釋詁」「釋言」「釋訓」はいっぷう変わっています。たとえば「釋詁」には次のようにあります。

弘,廓,宏,溥,介,純,夏,幠,厖,墳,嘏,丕,弈,壯,洪,誕,戎,駿,假,京,碩,濯,訏,宇,穹,壬,路,淫,甫,景,廢,壯,冢,簡,箌,昄,晊,將,業,席,大也。

 これは「弘」から「席」までの字が、すべて「大」という意味を持つ、という説明なのです(「也」の直前の字が定義に当たります)。『千字文』の第26行に出てきた「景」の字もちゃんとここに見えています。また、第1行に見えていた「洪」もここにありますね。
 英語学習で用いるthesaurusのような使い方ができます。ただ、注釈付きのテクストでないと実用的ではありませんし、初級の段階で使用する必要はありません。
 『爾雅』は文言の字書、というよりは儒家の経典を読むために作られた面が大きいのですが、古代の人がどのようにことばを認識し、説明しようとしたのかを探る手がかりともなります。一度、図書館などで手にとってみてください。「十三経注疏」に入っています