多音字と去声

 「中国語の漢字は、原則的に1字1音」と単純化して説明されることがありますが、非常に安易でミスリーディングな物言いです。
 1字に複数の読みがある「多音字」が少なくないことについては、「多音字について」のエントリーで紹介しました。
 その「多音字」の中でも、声調のみを区別することによって、品詞や意味の違いを言い分けている例が多いことに気づかれた方はいらっしゃいますか?
 声調を中古音で説明すると、中でも特に「平声」と「去声」とが区別される場合が多いことが分かります。第1行から第34行までの中で、その例を挙げてみましょう。

005「為」 wei2(平声)/wei4(去声)
007「號」 hao2(平声)/hao4(去声)
007「稱」 cheng1(平声)/cheng4(去声)
011「衣」 yi1(平声)/yi4(去声)
016「王」 wang2(平声)/wang4(去声)
024「難」 nan2(平声)/nan4(去声)
024「量」 liang2(平声)/liang4(去声)
026「行」 xing2(平声)/xing4(去声)
027「正」 zheng1(平声)/zheng4(去声)
028「空」 kong1(平声)/kong4(去声)
032「當」 dang1(平声)/dang4(去声)
033「興」 xing1(平声)/xing4(去声)

 また、「声調だけでなく、声母(語頭の子音部分)も少しだけ違う」例としては、次の例も挙げられます。

004「調」 tiao2(平声)/diao4(去声)
008「重」 chong2(平声)/zhong4(去声)
028「傳」 chuan2(平声)/zhuan4(去声)

 では、なぜこのような「声調による読み分け、特に去声を用いる読み分け」が多いのでしょうか?伝統的に、この現象は「読破du2po4」として知られてきましたが、言語学者王力氏はこれを次のように帰納しました。

名詞・形容詞が動詞に転化した場合には、動詞を去声で読む。動詞が名詞に転化した場合には、名詞を去声で読む。要するに、転化したものは、一般的に去声で読むのである。(『漢語史稿』)

 「去声を用いて読み分けする場合、それはその語の派生的な用法、品詞を示している」と考えることは妥当です。声調で意味を区別する多音字に出会った時は、「平声の音が本義」と推測してよさそうです。
 「読み分け」の現象は、後漢時代に注意されはじめ(いろいろな注釈がその証拠です)、南北朝時代の末に書かれた『経典釈文』に集大成されています。