真草千字文について

 第26行以降の本文については、明日以降に再開することとしまして、今日は、『千字文』をお手本にして、楷書と草書を習う、というお話をいたしまして、第25行目までの復習の最終回とさせてもらいます。
 書道のお手本として『千字文』を習う、というのは、実はこの書物の正しい用い方です。奈良の藤原京平城京の遺跡からも、手習いの結果たる『千字文』を写した「木簡」が出土しています。現在でも、書道を学ばれる方は、多少なりとも『千字文』を習われた経験がおありではないでしょうか。
 ただし、私が思うに、漢字は「形」「音」「義」を一緒に学ぶべきものです。「形」の練習にのみ専心するのは、芸術ではあるけれども、やや偏ったやり方です。特に初学の場合は「音」「義」にも注意すべきで、このことはこれまでも繰り返し述べてきました(その場合の「音」とは「現代中国語の発音」の意味です)。
 さて、『千字文』の手本といっても、たくさんありますが、ここでは智永という隋代(589-618)の僧侶の書写した、「真草千字文」(「智永真蹟本」)をご紹介しましょう。智永という人は、書聖、王羲之の子孫で、800部も『千字文』を書写したということです。そのうちの1部とされる写本が、何と日本に伝存しているのです。個人の蔵品です。
 さてこの「真草千字文」は、「真書」(すなわち楷書)と「草書」とで別々に『千字文』の本文を書写したもので、これを模範として楷書と草書の基本を学ぶことが出来るのです。岩波文庫本(小川・木田氏注解)の付録として載せられているものも手軽ですが、厳密に筆の動きを読み取るためには、二玄社から出されている写真版によるのが最もよいと思います(なお、この写本の美しい写真版はネット上にも存在しています。ご興味をお持ちの方は探してみてください)。
 さて、この「真草千字文」を手本に字の形を学んでゆくのですが、その方法をご説明しましょう。もちろん毛筆を用いて和紙に書くのが理想ですが、ここでは万年筆などの筆先のしなるペンを使用してもかまいません。なるべく上等な紙に書いてください。
 必ず、縦書きにします。手本をよく見て、まず楷書の部分のみを写してゆきます。この際、音読で身につけた現代北京音を頭の中で響かせながら字を書いてゆくことが肝要です。第1行から第25行までを書写しましょう。現代、用いられている楷書とはかなり形の違うものが多いですが、これが楷書の出発点だったのです(現代の楷書により近い形は、科挙の解答の字形を統一するため、唐代に標準化されたものが基礎となっています)。いにしえに思いを馳せて学んでください。
 次に、同様に草書の部分を写してゆきます。草書に慣れていない方はどのような筆順になっているのかも分かりにくいかも知れませんが、よく見ると分かるはずです。
 形が覚えられるようになるまで、繰り返し、道具を変えたりして練習してみてください。必ずや身につくはずです。また、このように書写することで、「縦書き」という本来の形式で『千字文』をすんなりと理解しなおすことができると思います。