反切と中古音の推定音価

 反切は、ある漢字(「被切字」)の音を、別の漢字2字(「反切上字」と「反切下字」)を用いて示す表音法です。たとえば、「卑、府移切」の場合は、「卑」が被切字、「府」が反切上字(声母を示す)、「移」が反切下字(韻母を示す)で、「府」「移」の2字により「卑」の音を示します。
 王力氏『漢語史稿』の日本語訳を公開している、「北京紅楼通信」というサイトがあるので、そこから引用、紹介させてもらいます。

 「反切」は中国の古代の「拼音法」である。例えば「東,紱紅切」は、「東」という字の読音は「紱」と「紅」によって構成されていることを表わしている。実際は、反切上字(紱)は声母(t)を抜き出し、反切下字(紅)は韻母(uŋ)を抜き出す。その公式は、
   tək+ɣuŋ=t+uŋ=tuŋ
である。「東」と「紱」とは同声母で双声、「東」と「紅」とは同韻母で疊韻なのである。

 すべての漢字音は「声母+韻母」でできているので、この性質を利用して、音を指示することができるわけです。ただし、反切は「漢字によって漢字音を示す」方法なので、「表音」的ではありません。そこで便利な書物、郭錫良『漢字古音手冊』(北京大学出版社、1986年)を使います。これは、王力氏の説に基づき、上古音・中古音の音価を推定したものです。
 それを用いて、『千字文』第三段落の韻字の反切と中古音の推定音価を列記します。もちろん、すべて平声です。

「卑」 府移切 pĭe
「隨」 旬爲切 zĭwe
「儀」 魚羈切 ŋĭe
「兒」 汝移切 ɽĭe
「枝」 章移切 tɕĭe
「規」 居隋切 kĭwe
「離」 呂支切 lĭe
「虧」 去爲切 k'ĭwe
「疲」 符羈切 bĭe
「移」 弋支切 jĭe
「縻」 靡爲切 mĭe

 「隨」「規」「虧」の3字は、推定音価の中に"w"の音を含んでおり、また現代北京音でも、ピンインで表記すると"sui2","gui1","kui1"と、"u"の音、すなわち「円唇音」と呼ばれる、口をまるめて発音する音を含んでいます。そこが他の8字と異なりますが、韻字11字、いずれも"ĭe"の音を基礎としていることが分かります。
 なお、ここに紹介した(王力説に基づく)郭錫良氏の推定音価は、あくまで推定であり、絶対的なものではありません。