入声について

 以前、「中古音」の声調、平声・上声・去声・入声の「四声」を説明いたしました。中国語では、「声調(音の調子 tone)」を区別するのですが、『千字文』の書かれた時代の声調は4つでした。
 そこでは「中古音」の「四声」と現代北京音の「四声」とを対照させて説明しましたが、「中古音の入声は現代北京音において存在しない」ことをいいました。今日はこの「入声」について、少し説明したいと思います。
 「入声」とは、その発音の末尾(専門用語で「韻尾」といいます)が「-p」「-t」「-k」で終わる字のことです。

・「-p」で終わる字としては、「合」「葉」「業」「乏」など。
・「-t」で終わる字としては、「七」「失」「日」「月」など。
・「-k」で終わる字としては、「徳」「白」「若」「石」など。

 韻尾p,t,kを持つこれらの音は、中古音では存在していたのですが、現在の北京音では消滅して、第1声から第4声までのいずれかに入っています。ですから、『新華字典』をいくら調べたところで、どの字が入声であるかは分かりません。
 一方、日本漢字音には入声の影響が残存しています。日本による漢字の受容は、遣隋使以前に始まるのでしょうが、いずれにせよ、大陸から学んだ漢字の音が「中古音」であったことは疑いありません。中古の入声音を日本発音に移した際に、「-p」を「フ」と読み、「-t」を「ツ/チ」と読み、「-k」を「ク/キ」と読みました。それが今でも残っているので、音読みすると「フツクチキ」で終わる字は入声音と知られます。
 ただ、「-p」の場合はそれほど簡単でありません。試しに上記の例に、漢音を入れてみましょう。「合(カフ)」「葉(エフ)」「業(ゲフ)」「乏(ハフ)」。現在ではこれらの音は日本においても消えているので、歴史的仮名遣いを学ぶか、漢和辞典で調べるかしか、これを知る方法はありません。
 「現代北京音をマスターして、文言を読む」というのが、このサイトの趣旨なのですが、こと韻文を読誦するに当たっては、「現代北京音では入声が消滅している」点は大きな弱点となります。一方、日本漢字音は、「声調のない、擬似的な中国語の音」でしかないのですが、入声が分かるというメリットがあります(これについては朝鮮漢字音も同様)。
 理想的には、広東語や閩南語といった、現在でも入声を持っている中国語の方言をかじるのもよい方法ですが(外国語大学で学ばれている方なら是非、そうしてください、ゆくゆく強みになります、私はできませんが)、ひとまず「入声については、日本漢字音を思い出す」という便宜的な手段を用いることにします。
 なお、より専門的には、『広韻』という書物に当たって文字の音を確認しますが、そうすれば何も問題ありません。それは学習がもう少し進んだ段階で紹介します。